岡崎玲子 生産者の思いを届ける実行力

自己実現タイムズvol.3

いま輝いているあの人も、はじめは普通の人だった。起業と失敗を経て、自分らしく生きる道を見つけた人にインタビュー。自分と向き合う一人時間に何を考えて実行していたのでしょうか。自分で幸せをつかみとった現代のシンデレラストーリーをお届けします。今回は、ジョージアワインやオリーブオイルのインポーター(輸入業)・ノンナアンドシディの岡崎玲子さんに話を聞きました。

岡崎玲子

岡崎玲子

(株)ノンナアンドシディ代表/1952年東京都生まれ。画家としての活動を経て、1995年にイタリアのオリーブオイルの輸入をスタート。生産者の縁からほかの食品やワインも輸入。2013年からはジョージアワインを輸入。ジョージアワインを日本に広めた一人として知られる。

撮影:有泉伸一郎(SPUTNIK)

岡崎玲子年表

「人生はどんどん変わっている。いま第4章を生きています」と話す岡崎さん。20代の頃から画家として活動をスタート。30代ではバブル後に父の相続で苦労したことも。40代になって絵が描けなくなってしまった後に、真摯にものづくりをするオリーブオイルの生産者に出会い、インポーターに。ビジネスの経験がないにも関わらず、会社を創業した。それ以来、信頼ある生産者の紹介だけで、食品やワインに輸入品目を広げ、直営店もオープンしている。とはいえ長年のインポーター業のなかでは、それまで扱っていた生産者の扱いが他のインポーターに移ってしまった悲しい経験もあるという。

約10年前にはジョージアワインとの出会いを果たし、日本に広めてきた。ジョージアの生産者イベントはいつも感動にあふれていると評判。これまでを振り返って「やりたいことをやってきた人生」と岡崎さん。細い体とささやくような優しい声からは想像もつかないほどの実行力で自分の道を開いてきた。どんなときも突き進む岡崎さんの原動力の源とは?

目次

絵をあきらめた矢先の思いがけない出会い

42歳でオリーブオイルの輸入を始めるまで、画家として活動していた岡崎さん。絵を描く生活は、ふと導かれるように始まったという。

「絵は学生時代から描いていたわけじゃないんです。それどころか、大人になるまで自分の好みもよくわからなかった。表現することを教えてくれたのが、22歳で結婚したミュージシャンの夫です。彼に着いてスタジオやライブハウスに行くと、今も一線で活躍する歌手の人達がいた。その音を来る日も来る日も聞いて感動しているうちに、感性が刺激されたのでしょうね。この感動を絵で表現したい、そう思うようになりました」

岡崎さんは自宅近くに現代美術作家の溜まり場になっているアトリエを見つけ、そこで抽象画を描くようになった。ほどなく、その作家の弟子らとともにグループ展に参加。初めての出展にも関わらず、絵はすぐに売れた。さらに銀座で個展を開くと、絵が完売したのはもちろん有名な美術誌に「将来、有望な新人画家」と紹介されるまでに。その後、再婚でベネズエラに渡り、絵が描けない時期もあったが、再開すると大きなチャンスが舞い込む。

「(芸術家の)池田満寿夫さんのすすめで、NYのメトロポリタン美術館にいる日本人を訪ねることになりました。あれよあれよと話が進んで、最終的にMoMA(ニューヨーク近代美術館)と連動している有名なヨシイギャラリーで個展で出すという話になったんです。ただ好きで描いていたのに、まさかという思い。そうなると、“期待に応えなきゃ” “売れなかったらどうしよう”…。いろんな気持ちが出て、調子がくるって、絵が描けなくなってしまったんです」

絵を描くことを断念した岡崎さんのもとに、友人からイタリアのオリーブオイルを輸入する仕事をやってみないかと声がかかる。紹介されたオリーブオイルは、農薬不使用で育てられ、完熟手前の手摘みの実をすぐに搾油所で絞って作られる。岡崎さんは、20代の頃から当時珍しかったオーガニック食品を買い、自然食レストランに通っていたことから「おもしろそう」と興味をもった。

「すぐに母と娘と一緒に、旅行がてらイタリア・トスカーナ州シエナの生産者を訪ねることにしたんです。待っていた生産者は、建築家と絵描きの夫婦でした。親近感が湧きましたね。彼らは3日間、古い赤レンガの街並みが美しいシエナを案内してくれました。なかでも夕日が一番きれいな場所に連れて行ってくれたのは、忘れられない思い出です。一緒に時間を過ごすなかで気があった私たちは、手を組むことを約束しました。それが、ノンナアンドシディの輸入第1号になる『イル・レッチェート』です」

ワインの輸入は、生産者の数珠つなぎのご縁

こうして岡崎さんはオリーブオイルの輸入を決め、インポーターのノンナアンドシディを創業した。これまでビジネス経験がなかったのにも関わらず、どうしてすぐに決断することができたのだろう?

「結局、輸入は生産者と気が合うかどうかがすべてです。気持ちが通じ合っていれば、そこに言葉はいりません。その夫婦から『あなたに決めたから。10年後でも20年後でもいいから2トン売ってくれればうれしいわ』と言われました。私が輸入を始めようと思ったのは、きれいな心で自然と向き合ってものづくりをする生産者が魅力的だったから。そんな生産者にほれこんで商品を扱う姿勢は今も変わっていません」

岡崎さんがポンと起業した思い切りのよさはまわりの影響もある。父はスピーカーやトランジスタラジオの特許をもつ開発者で会社経営者。母は「女性も社会で活躍すべき」との考えをもち、岡崎さんが18歳の頃にヨーロッパを1ヶ月周遊させた。結婚した夫もサラリーマンではなかったことから、岡崎さん自身「やりたいことをやっていたい」という気風があったのだ。

さらに経営者としての「数字の強さ」にも自信があった。30代のバブル前後に父の財産を税理士を通さずに苦労して処理したことから「お金の流れが感覚的につかめた」という。画家としてのものづくりの感覚や二度目の結婚でベネズエラに住んで外国人と接した経験も含めて、さまざまな点と点が創業を後押し。岡崎さんはインポーターとしてスタートした。

初めての輸入だったが、調べてみると税関と保健所と厚生省(現・厚生労働省)の3カ所で手続きすればいことがわかった。通関も表示もわからないことは職員に聞いて、自分でやった。売り先の当てもなかったが、高級食材店をあたるといいと教えられ、高級スーパーの『ナショナル』を訪ね、運良く取引きがまとまった。とんとん拍子のように思えるが先に売りたい商品があれば、「あとはやるだけ」と岡崎さん。

「この頃、新聞にインポーター社長として取材を受けたことがありました。女性が珍しかったこともあって、“輸入をやってみたい”という女性からたくさんの電話が会社にかかってきました。いろいろと相談にのりましたが、実際に起業した人は一人もいませんでした。結局、自分でやり始めた人しか、ものにならないんです。事業を始めるなら、“輸入がしたい”ではなく“この商品を紹介したい”という思いがないと、どんな商品を輸入すればいいのか遠回りになります。逆に、これを輸入したいと思えば、どんな問題もクリアにできますよ」

折しも時代はグルメブーム。テレビ番組『料理の鉄人』に出ていたシェフ達は本場の上質なオリーブオイルを求めていた。「10年後でも20年後でもいい」という約束の2トンは、その年のうちに完売。翌年にイタリアに足を運ぶと「玲子、おもしろい人がいるから、会ってみない?」と生産者を紹介された。そうしたことが続き、ノンナアンドシディは取り扱い品目をオリーブオイルからお菓子、ワインと広げていった。

しかし、インポーターを続けていると悲しいことも起こる。昨日までともに歩んでいた生産者がほかの業者に移ってしまうことがある。

「うちで扱うのは無農薬や有機栽培で個人が手作りしたものがほとんどです。けれど、生産者が『大量に売りたい』と思うようになると、もっと規模の大きなインポーターへ扱いが移ってしまうことがあります。私も雑念が浮かんで絵が描けなくなった経験がありますが、そうなると残念な結果になることがほとんどです。でも、出会ったときに“この人なら大丈夫”と思った人とは長続きしています。それに、生産者を一人手放すと、もっといい生産者が見つかるものなんです」

岡崎さんは何度か同じような経験をしているうちにこう思えるようになった。実際に、大きな穴を埋めて有り余るような生産者との出会いが2012年にやってきた。

生産者とインポーターの気があえば、いいものがつくれる

ジョージアのワイン生産者ジョン・ワーデマンさんと一緒に。その笑顔から家族のように付き合うお互いの関係性がよくわかる

岡崎さんのインポーター人生のなかでターニングポイントといえば、ジョージアワインの生産者との出会いだろう。ジョージアワインを初めて知ったのは、2012年にイタリアの生産者を訪れたとき。初めてクヴェヴリという甕(かめ)で造られた琥珀色のアンバーワインを飲んでみて、その凝縮感のある癒やしのおいしさに感動。当時のジョージアはグルジアと呼ばれ、なかなか足を踏み入れにくい国だったが、覚悟を決めて生産者に会いに行ったという。

「どんな国かドキドキしながら足を踏み入れましたがジョージアには、道を歩けば羊がいた(笑)。ナルニア国物語に迷い込んだようでした。生産者はとても優しく陽気な人達で、すぐに輸入を決めました。なかでもフェザンツ・ティアーズのジョンは『玲子はベストフレンド。なんでも聞いてあげる』という言葉をくれて、一生付き合っていきたいなと思いました。それまでイタリア人と付き合ってきたなかで、日本に災害があると『1年でも2年でも、うちに住んで』と言ってくれました。この気持ちも大好きなんですけど、ジョージア人は会話するたびに『玲子、今度はいつ帰ってきてくれるの?』と言ってくれる。まるで家族のよう。温かいですよね」

ジョージアでワインを醸造するのに使われるクヴェヴリ。土のなかに埋めて使われる。日本でもクヴェヴリでワインを醸したいという生産者が現れ、岡崎さんはジョン・ワーデマンさんらの協力を得て、10年待ちともいわれるクヴェヴリを工面。日本ワインの生産者のためにも尽力している。

ジョージアワインは、徐々に日本でも人気を集め、輸入量も増加。支持をあつめていった。ジョージアワインの生産者との出会いのなかでは、自分達の価値にも気づいたという。

「ワインでも食品でもインポーターが変わると味が変わるという話があります。私自身、不思議だなと思って生産者にそのことを聞いてみました。すると、『インポーターと気が合うと、できるだけいいもの造ろうと思うようになる。インポーターと生産者は共同作業なんだよ』と。うれしかったですね。ワインを造るときだけじゃなく、売るときもイベントを主催するときも、お客様は背景にある生産者自身を知りたいと思うもの。私たちが好きな生産者と一緒になって感動しながらすすめていくと、それはお客様にも伝わるんです」

岡崎さんの思いは生産者の来日イベントによく表れている。イベントに経費をかけると、ゆくゆくワイン代が高くなってしまうため、いつも手作り。2022年秋のジョージアワインの生産者来日イベントでは、岡崎さんがボランティアスタッフとして呼んだ料理人やジャーナリストにも、参加者にも「一生、心に残るイベントだった」と言ってもらえたという

「イベントはみんなでつくったもの。ジョンがイベントの最後に『ジョージアワインを信じてくれてありがとう。見返りを求めずに、お互い力を出し合えば、本当に美しいものが生まれる』と。私も同じ気持ちです。普段の試飲会でワインを広めるのは草の根運動です。一人二人とファンを増やしていくときに、自分にとって楽しいことをやることも大切です。喜びのモチベーションが下がったら仕事は終わり、動いてないと得られません。みんなが楽しいことを考えて実行すれば、採算はあとからついてくるもの。とにかくやることです」

岡崎さんのミータイムマネジメント

「私は自然が好きなので、月に1回、長野の古民家を訪れています。山の景色を眺めたり、きれいな空気を吸ったりしながら、本を読んだりおいしいものを食べたり。のんびりリフレッシュすることで鋭気をやしなっています。でも結局、人と会うことが多いので仕事になってしまうこともしばしば。飲食店やワインショップの取引先が増えたり、イベントで協力してくれる人と出会えたり。10月の長野のイベントは休暇のときに出会った地元の方の協力のおかげ。リフレッシュ先でも仕事になってしまうのは、もう仕方ないですね(笑)」

編集後記

ノンナアンドシディのオフィスに併設されたショップは、買い物できるだけでなくテラスでワインをテイスティングすることもできます。

岡崎さんとはワイン業界のつながりで知り合いました。ふんわりした雰囲気の持ち主で、天然の愛されキャラという感じです。でも、やるとなったら真っしぐら。イベントの成功に向けて、まわりの目を気にせず突き進むパワーがあります。「こんなイベントをやりたいんですけど、いい場所を知りませんか?」と電話やメッセージがくることもあります。そんな実行力の理由は、この生産者を紹介したい、という信念があるから。その仕事をやり抜くことで、多くの人を感動にまで導くいています。岡崎さんは「最初から完璧なんて無理」とも話されています。まずは、自分のやりたいことをシンプルに研ぎ澄ましたら、足りないところがあっても走りだしながら身につけたり、人に助けを借りたりしてもいい。それができれば、どんな壁も突破できる。今回はそんなあふれるパワーの源にふれることができました。

取材協力:ノンナアンドシディショップ
東京都大田区上池台4-25-20

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コメント

コメント一覧 (2件)

  • はじめまして。竹内三幸と申します。岡崎さんの記事を拝読させていただき、岡崎さんの素敵な人柄が伝わりました。ありがとうございました。
    私と岡崎さんはジョージアワインつながりで、2017年ジョージア訪問も岡崎さんからスカウトされたという感じでした。
    人生は色々十色、素敵な企画を楽しみにしています。

    • コメントありがとうございます。岡崎さんのイベントで拝見して、Facebookでフォローさせていただいています!感想をありがとうございます。一緒に行きたいと思う人をスカウトするのもすごい実行力ですよね(笑)お言葉をはげみにがんばります!

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